コグニティブな連携って?~私の夢想 その1

パソコンは1996年モデルです。
あー、気づいた方居られますね。そう。ここに「IBM」ってロゴがあります。
なんと当時は、IBMがパソコンを作って売っていたんです。

    へーえ!と目を丸くしてる人ちらほら。
    逆に、物知り顔でうなずく面々も。

ご存じない方けっこういますねえ。そもそもこの頃まだ生まれてない、という方も多いですよね。

現地から持ってきたパソコンだろう?いえ、違います。
たしかに、30何年も前のものにしては新しく見えるでしょう。

これ、実はニセモノです。外見は1996年製ですが、当時の型に合わせて、こちらで新しく作ってもらったものです。

立ち上げると・・、もちろん昔のOSが立ち上がるんですが・・実は、もうひとつ、今のOSもこっそり仕込んであります。
表向きは分からないようになっています。私たちは「裏OS」って呼んでいました。
裏OSは今どきのOSで、こちらにはDominoサーバーが入っています。
つまりこのパソコンには、古い「表OS」と、現代の「裏OS」の2つが入っていて、別々に動くようになっています。

さてと…、一部期待されてる方もいるかもしれませんが、ドラマとか事件とか冒険とかはなくて、けっこう地味なお話です。
何しろ行ってきたのがこんなオジサンですから。

    たしかに、人の良さげな細い目は、あまりドラマの主役級には向いてなさそう。

    準備段階からお話しし直したいと思います。

    今回の旅でいちばん大変だったのは、もちろん、安全第一、無事に行ってくることです。トラブルなく現地までたどりついて、まあ五体満足で、予定通りに帰ってこれるようにすることです。

    2つ目に、記録を持ち帰ること。要は、ほんとうに行ってきたよ!とみんなにわかって貰える証拠ですね。映像が一番説得力があると考えて、撮影用にビデオカメラも持ってゆきました。これはニセモノではなく当時の機種のまだ使えるものを探して持参しました。

    そしてそれ以外で、チームが一番気を使ったのは、現地滞在中の
    「ばれない、怪しまれない、波風立てない」
    なんです。ここではそのお話をしたいと思っています。

    基本中の基本として、明らかにコチラのものとわかるものはもってゆきません。たとえば今のお金、今の携帯。
    もちろんこんなTシャツも着てゆけません。この手帳もダメですね。

      講師のシャツのエンブレムにも、掲げた手帳の表紙にも「2033」の文字が見える。あからさまに今年のものだから、ということね。

      正面のスクリーンにお札の絵。

    このころの千円札は?・・これ、夏目漱石が描かれていました。野口英世のお札なんか出しちゃダメです。

    イメージ 1

    まあ、着るものや身につけるものは、現地の時代に合わせるとして。そうした、見た目が明らかにおかしいというのさえなければ、まあまあ大丈夫そうには思えますよね。

    でも、見た目の問題だけでなく、もっともっと気を使いました。現地での「ふるまい方」「人との接し方」です。

    たとえこちらから云ったとしても、
    「私の正体は、時の壁をくぐり抜けてやってきた、未来の国からのタイムトラベラーなのだ」とか。
    そんな言い方はしませんけど(笑)、まじめに話したとしても、ふつうは、真に受けて信じはしないですよね。

    ただし、このひとちょっと危ないかも、と、怪しがられ敬遠されます。

    チームでは事前に、少しでも怪しまれそうな言動は、極力つつしもうよ、石橋をたたいてわたるくらい用心に用心を重ねよう、という打ち合わせをしていました。

    そもそも、未来から過去に、人が、ひとりやって来て、何日かを過ごすだけで、現地で変な影響を与えてしまうおそれがないだろうか。
    そもそも過去に行ってしまうこと自体、倫理的にどうなんだろう。
    過去に人類が発明したものの中にも・・例えばクローン生物ですね、そうした発明がなされた時といっしょで、時間を旅することも「神への冒涜」と非難する向きも、ひょっとしたらあるかもしれない。
    過去へ旅して帰ってきたら、そのせいで未来が変わっていた、なんて小説もあります。

    一方で困ったことに、だからといって、「やってはいけない」という規定も法律もどこにもないんですよ。前例がありませんから。せめてしかるべき筋の方に意見だけでも聞いてみようか。でも、警察に聞こうにも、法律家に聞こうにも、はたまたツテがあって政府関係者に聞けたとしても、
    「これこれこんな風にタイムトラベルやります、こんなふうに計画してますけど問題ないですか?」
    たぶん「はあ?」ですよね。
    説明を労してもおそらく信じてもらえなかったでしょうし、信じてもらえたところで、結局のところ判断の基準にすべき前例がありません。

    ということは、ルールやガイドラインができるのは、私たちの企画で、一度過去に行ってきたという、しかるべき前例を作り、実績を見せてからになるだろう、というお話になりました。

    前例は、叩き台でもあります。後年、「最初に行われたアレは、考えの浅い技術屋や・研究者オタクによる暴挙だった、悪しき前例だった」、と後ろ指を指されるようなことが極力無いようにしたい。
    私たちの想像がおよぶ範囲で、過剰といえるくらいに用心するのがちょうどいいだろう、というのが、私たちチームの事前の結論だったんです。

    つづく